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シニア層に大人気。パソコン教室ウォンツ!メイン講師。1970年産。
僕の日記を読んでくださって、速攻で動いてくれた人が居ます。
おかげさまで、今日から東北にて人形劇をさせていただきます。準備とか、折衝とか、連絡や取次ぎ、予約や手配。全部Mさんにしていただいてます。心から感謝しています。
会津では、Kさんご夫妻が車を出してれ、会社を休んでまでお手伝いをしてくださいます。本当にありがたくて、嬉しくて、深く感謝することしかできません。
ありがとうございます。
今日、公演当日です。新幹線の中です。心の動きがあり、思い立って慣れない携帯電話で打ち込んでいます。
ぼくはただただ、僕が今、楽しいことをしてこよう。と思っています。
実はさっきまで、ガチガチに気負っていました。
生活の中に笑と潤いを!
と思い、いろいろかける言葉を考えてました。人形劇の内容も、人の心の素晴らしさを謳った、ちょっと感動的なストーリーにしようと考えてました。
でも、現地に近づくにつれ、心が変化してきました。
違う。
まずは、現地の人のお話を聞くことだ、と。
独りよがりで持っていったものは、求められているものかどうかはわからない。今、何が必要で、何を求めているのかを、まず知らないといけない。
そう思ったのです。
それからストーリーを考えようと思います。それから人形のキャラ付けをしようと思います。
その場所で生まれる物語を、人形劇にしようと決めました。今、僕が一番楽しい表現方法を使って、そこに必要なものを探して出す。それを受け取ってくださる人もいれば、流れて行く方もいるでしょう。それでいい、と思います。
目一杯楽しんで、自分が大笑いしてこようと思います。
またご報告致します!
学生時代、一人旅でお世話になった土地が、地震と津波と放射能に襲われました。今もなお復興の支援が続いている中、なんとかお礼がしたい。自分にできることで何かしたい。と常に念じておりました。
今回、ブログで人形劇をしたい!と意思表示をしたところ、私で良かったら!といって友達が二人、名乗りを上げてくれました。まどちゃんとくろちゃん。被災地への連絡や、泊まるところの手配、電車の時間とか、移動の時間配分など、細かいところまでセッティングしてくれました。
旅の途中の気遣いは、僕を何度も感動させてくれました。
この場を借りて、お礼をします。
この企画のおかげで、たくさんの学びを得ました。まどちゃんの行動力に感謝します。くろちゃんの細かい準備活動に感謝します。くろちゃん旦那さまの、愛と勇気とドラテク(ドライビングテクニック)に感謝します。
ちなみにまどちゃんは、IT、デザイン、映像、なんでもござれのパワフルママさん。くろちゃんは、敏腕元編集者さん。そしてもう一方、今回最初から最後まで車の運転をかって出てくれた、スーパー精密機器エンジニアのくろちゃんの旦那さん。
この4人で東北を巡った物語。人形劇を通しての支援活動の一部始終を明るく元気に、ここでご報告致します。
まず、会津若松まで電車を乗り継いでいきます。(映像の提供はまどちゃんです)
2011/06/18 出発〜
URL:http://www.ustream.tv/recorded/15448793/highlight/180720
やっほー♪fromやまびこ。いよいよこれから3日間の人形公演&巡礼の旅に出発します。
到着したらすぐに向かったのは、ふれあい体育館。
ここには今30名ほど、避難されている方々が暮らしています。体育館の中には、低いパーティションに区切られた部屋がありまして、そこに人々が静かに、周りの人を思いやりながら生活していました。
僕たちは少し離れたところに舞台を設営して、準備を終え、いざ本番。
そのときの僕の心境は、少し複雑でした。
苦しかったのです。
ここにおられる方の無念な気持ちを考えると胸が詰まってしまって、やるせなくなって。
しかし、やり始めると皆さんの笑顔とか、優しい拍手によってだんだん苦しみが取れていきました。
人形劇を終えて、あやとりの紐(父母の手作り)を配り、一緒にやるうちに、ますます心が楽になっていきました。
「この方たちは、今の状況を認め、これからの希望に、全てを託しているんだ」
とわかりました。人形劇より盛り上がったあやとりタイムは、地元のボランティアさんの協力により、ますます楽しくなりました。ありがとうございました!
2011/06/18 会津・ふれ愛体育館 あやとりタイム(ハイライト)
ふれ愛体育館でまさかの落ちなし人形公演終了後、くまさん母さま手編みのあ やとりを配布しふれラブを楽しみます。みなさん童心に返って夢中で指を動か します。
URL:http://ustre.am/_12Qi1:L0H
全部終了してから、後片付けをしている時、ある方がいいました。
「今まで気付かんかったけど、残してきた家や田んぼや畑や空気や動物が、わしらの宝物やったことが、ココにきてようわかる。ありがたいことやったんやと、今涙が出る程にわかる。あんた、住んでるところとか、会社とか、家族とか、すこぶる大事にせにゃならんぞ」
ふるさとを離れて生活する皆様の心は、おそらく寂しさに満ちているはずです。しかし、いつかは里に帰って、もう一度里を愛し、育み、自分の手で元に戻していくんだという気概が強いので、その寂しさに打ち克っているのだとわかりました。
ここで得た学びは、自分のふるさとが当たり前に存在していることに、改めて感謝しなければならない。ということだったのかもしれません。
ふれあい体育館を後にして、次は東山温泉に避難されている方の元へと移動です。
つづく
原発の不安の中、避難してこられた家族連れが、東山温泉の宿に滞在されています。
ここは、くつろぎ宿。千代滝というところで、その会場は、素晴らしいロケーションの中にたたずんでいました。人形劇の準備中、ある子どもは僕の事をせんせーせんせーと呼び、屈託のない笑顔をずっと振りまいてくれました。またある子どもは、ご支援で貰った、手作りのお人形さんを袋から出し、僕に渡し、人形劇にこれを使ってください!と言ってくれました。最後のシーンに使わせてもらいました!またまたある子どもは、あやとりのオリジナルなやり方を探し出し、一瞬で面白形状を作り上げて僕をびっくりさせてくれました。
それを見守る大人の方々は、さすがに疲れた顔をされていましたが、やはり微笑ましいのですね。優しい笑顔で自分の子どもじゃないけど、面倒を見ていました。
このコミュニティは、しっかりルールを守り、こうして避難をさせてくれる宿に感謝をしつつ、支援活動の人たちに、ちゃんとありがとうを言える環境になっていました。
これはおそらく、この会津若松の風土、人柄、宿のスタッフの接待、教育などが素晴らしいからだと感じました。人が、その「場」を作っていく!とはっきり感じることができました。
人形劇をさせてくださったみなさまに感謝いたします!
さて、肝心の人形劇はもちろん。
当たり前のようにオチを作らずやりました。ただただ観客の皆様と一緒に居る。ここに存在している喜びを分かち合う。できるだけシンプルで面白い人形劇になるようにと演じました。
念のため言っておきましょう。僕でもたまにはオチをつけて終わらせることもあります。それは、全体的な内容が伝わらなさそうな時。例えばそれは、野外のイベントで、お祭り状態の雰囲気、誰も聞いていない場合に限るかもしれません。とりあえず、人形劇をやった証、というか、記憶に残るようにビシッと決める。
もちろん、当たり前のように決まります。拍手もいただけます。本当はそれが一番正しいやり方かもしれません。お互いに安心感があります。
そもそも、人に観ていただくもの。人形劇とか、舞台や、音楽など、オチとかまとめとか必ずあります。そうしないと、気持ちが悪い。
でも、僕はその気持ち悪さが好き。拍手ももらえなくてもいい。終わってねーじゃんこれ!と言われたい!
そうなんです!終わらないんです!その先は、見た人がオチをつけてくれる。そこからどうなるのかは、想像でいい。人間には良心がありますから、きっとハッピーな結末にしてくれると思います。ということは、公演が終わった後でも人形劇は続きます。なんとなく引っかかっているものがあるからです。
アレからどうなったんだろう
これがミソ。
よく、無理矢理頑張ってオチでちゃんちゃん!にしてやっている方もいます。しっかり完璧なオチを作る人も居る。それもいいです。でも、子どもの記憶に強烈に残るようなオチを付けて、人形劇を終わらせてしまう事は、僕にはなかなかできないのです。怖いのかもしれません。忘れられてしまうことが。
一緒に存在したこの1時間。一緒に笑って一緒に泣いたその瞬間瞬間が僕にとっては宝。
欲張りな僕だから、忘れられないようにするための演出方法がオチをつけない!
になったのかもしれませんね。
たしかに、こんなこだわりを持ってやり続けることが仇となるときもあります。
しかし、このやり方のプロになって、もっと修行を積んで、心に残るポイントが人形劇全体の中で、もっと増えるような人形劇を作って行きたいと改めて感じています。
話がずれましたが、今この世に、一緒に存在している仲間たち。
家族。
他人。
全ての人が、同じ時間で同じ空間で生きています。
なんと素晴らしい事か!!
この意味を、地震によって深く考えるようになりました。今自分がここにいる理由。存在の証。小さな存在で、小さな力しか出ない自分がここにいる存在。
それは、ただただ、ここに居たい。
と思うから。に行き着いたのは、本当に最近です。
僕は、今、この時代、この場所に存在したいだけ。
もちろん辛い事いっぱいあります。
しかし、自分が生きてきた証明は、誰かがちゃんと持ってくれているのです。自分以外の誰かが僕を知っているのです。認めてくれている。そこに居ていいよって言ってくれてる。それをもっと気付けばいい。
単純に、ここに居たい。
だから居る。
それでいいと思います。
それは逆に、居たくなかったら、居なくてもいい。となります。
自分の場所を探し、居られないなら、無理して居る事はない。違う場所を探せばいい。
ただ、結局僕のように、居る場所はやっぱりここなんだと再認識する人もいらっしゃるかもしれません。そんな時は、恥ずかしがらずに、やっぱここやった!と言えばいい。
被災されて、自分の場所から引き離されてしまった皆さんは、おそらく大確認しているはずです。自分が居たい場所はどこなのか、自分がこれから何をしていかなくてはならないのか、考え抜いていると思います。
その結果は、おそらく近いうちに出て来るのではないかな〜と思います。
何かと思うところがあり、抽象的ではありましたが、書き連ねてしまいました。失礼致しました。
次は石巻での人形劇です。
つづく
石巻に入ってからの風景は、絶句でした。
田んぼが枯れ果てて、流されてきたものがそこかしこに散らばっており、車などは流された衝撃で半分になっていたり、まるでスクラップ工場でつぶしたようにぺしゃんこになっていたり、漁船がおなかを見せて横たわり、家々の一階部分が無く、二階も窓が全て割れ、道は上下左右にうねり、屋根しか残っていない工場や、大きなスーパーやコンビニも、無惨な姿でそこにありました。
集められた瓦礫などは、まるでピラミッドのように積み上げられ、まだまだ増えるであろうその光景に胸を痛めました。
町中に漂う腐臭と土埃、汚れた川と海、ところどころ崩れ落ちている山肌を見るにつけ、心が疼きました。
小学校に着くと、イベントをしているらしく、そこかしこで子供たちの弾む声が聞こえ、迎え入れてくださったボランティアの方は、明るく、粘り強く、優しく、ずっと笑顔で対応してくださいました。そこには外国人の方もいらっしゃり、日本語も堪能で、いつも誰かの側に寄り添っておられました。
さあスタートです。
2011/06/19 宮城県石巻市渡波小学校 人形劇(ハイライト)
石巻の子供たちにたっぷり元気をもらっちゃいました。
URL:http://ustre.am/_12WCr:L0C
人形劇は、子供たちとの掛け合いで進みます。
やっている途中も、腐った匂いが充満しています。衝撃の風景が脳裏に残り、何度も思い出してしまいます。現地の人々の毎日の生活は、とてつもなく苦しく、子供は勉強の遅れも心配され、不安解消する時が無い状態で過ごしています。そんな人々が、今、笑ってくれている、ということが僕にとってせめてもの救いになりました。
あの風景を見てしまった後のショックは、言葉に表せません。
どれだけの恐怖であったろうと思うと、身震いさえしてきます。
人形劇が終わった後、ボランティアの代表者さまとお話しました。
印象に残った言葉があります。
「これだけの経験をした子供たちは、誰よりも強く、本当の生きる力を持った子に育つはずです」
どうすれば子供たちの心を落ち着かせ、勉強ができ、将来の日本を担う子供たちを育てて行けるかを、真剣に考えている方でした。
僕たちの課題は、永遠にそうなのかもしれません。
子供たちが、どんなことがあっても、自分で道を切り拓いていけるような力の出し方を教え、問題があったときは、協力して解決して行ける能力を身につけさせ、人を心から愛し、愛され、支え、支えられ、自らの夢を実現させて行ける能力の開花のために、大人として頑張らないといけないんだな、と再確認できました。
この東北の旅は、とても多くの気付きがありました。
まだ続きます。
次は東松島です。
東松島の惨状も筆舌に尽くし難く、保育園の園長先生に見せていただいた記録写真を見てまた絶句。壊滅。という言葉しか出てきませんでした。
園長先生が、子供を抱いて演台の端っこを掴みながら濁流の中、一人の命を救ったその避難先の体育館でも30人ほどの尊い命が亡くなった現実を聞き、あまりの衝撃に打ちのめされてしまいました。
苦しかったです。
親が亡くなった子供さんを預かっているとのお話にも胸が痛くなりました。まだ小さいけれど、その悲しみはいかばかりか。
園の先生方は、少しでも子供たちが明るく元気に育つようにと、一生懸命です。
園に子供を託す親御さんたちも、できるかぎりの協力体制です。
子供たちの家族の写真が瓦礫の中から見つかったからと、持ってきてくれる地域の人や、お金が流されてどうしようかと途方に暮れていたところ、消防の方が金庫を見つけて届けてくれたとか、園を再開するために奔走したたくさんの人々のご苦労があったことなど、苦悩の中に光が差し込むお話もたくさん聴かせていただきました。
さて、今回ここが最後の人形劇を演じる舞台です。
気合い十分です。体調もいい。新作人形劇を披露する事にしました。
2011/06/20 宮城県東松島市野蒜・小野・牛網保育所 人形劇(ハイライト)
ピンクの猫ちゃん初登場!サル吉くんのお父さんへの大事なプレゼントが狙わ れる!?
URL:http://ustre.am/_131LQ:L0h
実は、ニャロンの口の中には、ハートマークが隠されています。口を開くたびにハート&ハート!子供たちの元気な声に励まされて最後まで演じきれ、初めての演目も楽しみながらできました!
そこでいつもは終了、となるのですが、子供たちの笑顔を見ていたら、どうしても手遊びがしたくなってしまいました。
久しぶりにやります。膝ががくがくしておりましたが、前に出てしまうと全然気になりません。全員の小さな可愛い目が、僕に集中しています。渾身の力でやった、おうまのおやこゲーム、途中何度か胸に迫るものを感じて全身が電気に打たれたようになりました。
きっと、この地域で亡くなられた方々も一緒にやってくれていたのではないかと、今になって思います。
2011/06/20 宮城県東松島市野蒜・小野・牛網保育所 手遊び編(ハイライト)
人形劇終了後、くまちゃんのノリノリ手遊びパフォーマンスが加速します。
URL: http://ustre.am/_131YN:L0g
全てが終了して、最高に美味しい給食をいただき、東松島を後にしました。
ぼろぼろになった町の中を走り抜けました。
ここにはまたくることになる。
と思いました。今回、人形劇公演の道をつくってくれたまどさん。その道を一緒に走ってくれたくろちゃんと、旦那さん。この3人の協力があってこそ、自分のやりたいことができたこと、感謝しか生まれませんでした。
この感謝は、いただいたことに対しての感謝です。
いただいたら、それはお返しするものです。
どうお返しをするか、それはこれからの僕の課題となります。
答えはすでに出ていますが、それはここで表現するより、行動でしめさなくっちゃ!と思っています。
人形劇を観ていただいた皆様の温かい拍手や、声援、励まし。。。一生忘れません。皆様に力をいただいて、今、こうして仕事をしています。
体調を悪くして、仕事ができなかった時期も長かったです。
でも、これだけのことをできたのですから、自分の足で立って、歩いて、前に進んで、今やるべきことをしなければ、何のお返しもできない。
なんの表現もできないと思います。
大事なことを思い出させてくれた皆様に、心から感謝しています。
レポートはこれで終わります。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!!
いずれまた、ここで、何かしらのくまひげの動きを表現してまいります。
今後とも、よろしくお願い致します!!
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